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2009.01.11 (Sun)

されど一枚

今年思ったことですが、
年に数回は会っていたり、
会わずとも、メールでコンタクトを
取り合っていたりする人たちは全く別として、
メールも年に一回あるかないか、
会うことだって何年かに一回という知り合いからの
物凄くシンプルな年賀状って、
ほんとーに味気ないですね。。。
「今年は会いたいね。」なんて一行書かれてても、
言葉がどうも宙に浮く。
「こういうのってとりあえず年賀状だわ」と
ブツブツ一人で考えてしまいました。

以前小・小雑誌にてこの件に関して
記事にしたことがあったのですが、
この反響は結構多かった記憶があります。
ファンレターとして送ってくださる方はそもそも、
マメな方であるということもありますが、
自分の心を文字にするって、実は物凄く
大変な作業なわけで、それを敢えてしてくださる
方々だったからこそ、
つまらないグリーティングカードへの
不服さ、無意味さが通常の人よりも
大きかったのだと思います。
そしてやはり私より年配であろう方々が
多かったのも事実です。
「同感です」とメール下さった方が
多いのが嬉しかったと同時に、
同じように考えてる人が多いのが現状なんだって
思ったりしました。

でね・・・。
私はここでまた考えました。
これってね・・・、実はね、
人間性の表れだったりするんじゃないかなって
思うのです。
例えば家族に不幸があったり、不幸でなくとも
病人がいたり、自分の身体がよくなかったり、
精神的に不安定だったり、
金銭的に苦しい、という人も(我が家も常に
苦しいですが・・・)このご時世、なんらいろいろ
あるわけです。
心と身体に何か一つでも余裕がない場合、
人に対してする年賀状なんて
簡潔になってしまっても当たり前なのかも
しれません。
自分に余裕がないと、人に対しても想いをこめるなんて
無理。
そういう場合は本当に仕方無いことだと思います。
そういう場合は別として、
心惹かれない年賀状を送ってくださる人って、
往々にして毎年同じように「一文」だったりするわけで、
だからこそ、人間性なんではないか、という結論に
達した私。
でもね、もったいない話です。
時間を割いて、お金を割いて送る年賀状、
どうせ送るなら、
送りたいと思う相手に送ることに決めたなら、
心をこめて言葉をしたためたい。
もし、そうまでしたくない相手、
一行しか書く気がない相手なら、
「あけましておめでとう!今年もよろしくね。」
とメールで一斉送信でもいいのかもしれないですね。

もう何年も会っていませんが、大好きな大学時代の
知人がいて、長くお付き合いしております。
「今年はおひさまの当たる芝生の上も、
夜の街をも歩くことなく伏せておりました。」
と書かれていました。
例え具合が悪くても、心に幅のある人だから
丁寧な内容で送ってくださったこと。
そう、要は相手に対する「続けていきたい」という
思いと、人間としての心の幅が、たかが一枚の
年賀状に現れるわけで、
たった一回、年の最初に届くあの一枚に、
今後の生涯、この人と続いていくのかいかないのかの
静かな判断材料となっている気がします。
通常会えたり、何気ないことでメールしあったり
しない相手だからこそ、「あなたを時々思い出すのよ」と
綺麗な言葉で気持ちを表したいですね。

もう少ししたら早速大学時代の知人の家に
お花でも届けに行こうと思います。
早くよくなって、ご飯食べに行こうね、と
伝えに行かなくちゃ。







12:39  |  オンナ度  |  Comment(1)

Comment

確かに年賀状は手紙と違って多くの文字を使って自分の気持ちを書くことがない分、あのはがき一枚の大きさの中にその人の個性が大きく現れるような気がしますね。
loveさんのお友達が早くよくなることを願って・・。
みぃ |  2009.01.13(火) 08:13 | URL |  【編集】

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